今こそ、五省 《ごせい》(会長コラム)

          一、至誠(しせい)に悖(もと)る 勿(な)かりしか

          一、言行に恥づる 勿かりしか

          一、気力に缺(か)くる 勿かりしか

          一、努力に憾(うら)み 勿かりしか

          一、不精に亘(わた)る 勿かりし

 

 「五省(ごせい)」という。 旧大日本帝国海軍の士官学校である海軍兵学校において用いられた五つの訓戒である。 今様に訳せば、こんな意味となるに違いない。

 

         一、真心に反することはなかったか、真剣だったか

         一、言葉と行いに恥ずかしいところはなかったか、言行は一致していたか

         一、気力が欠けてはいなかったか、覇気はあったか

         一、努力不足ではなかったか、研鑽を積んだか

         一、不精になってはいなかったか、手を抜かなかったか…

 

 帝国だの、海軍だのと書くと、頭でっかちのインテリから、「右傾化だ、軍国主義だ」 とお叱りを受けるかもしれないが、本コラム、そんなチンケな話ではない。 この「五省」が訴える精神的価値観を、今更ながら、見極めたいと思っている。

 五省は昭和7年、当時の海軍兵学校長「松下元(はじめ)少将」が創始したものだ。 松下校長は、将来海軍将校となるべき兵学校生徒の訓育に意を用い、日々の各自の行為を反 省させて明日の修養に備えさせるため、5ヵ条の反省事項を考え出し、これを日々生徒に実施さ せた。 終戦により兵学校は閉校され、陸海軍に関するあらゆるものが日本の歴史の表舞台から消され たが、「五省」に関しては例外であった。

 敗戦後来日したアメリカ海軍のウィリアム・マック海軍中 将が「五省」に感銘を受け、アナポリス海軍兵学校に持ち帰り、翻訳させて現在でも教育に利用 しているという。また現在、海上自衛隊幹部候補生学校でも海軍時代の伝統を受け継ぎ、学生 たちは兵学校時代と変わらぬスタイルで毎晩自習終了後、五省により自分を顧みて、日々の修 養に励んでいるという。

 この「五省」が言わんとすることは、何も軍隊に限ったことではない。 社会人として、ビジネスマンとして、そして一人の人間として至極当然の教えであり、我々の日常 の、精神的拠り所であると言っても過言ではないだろう。

 特に最近の日本に、この思想が無くなったと思うことが多くなった。 政治家然り、経営者然り…、選挙に勝てば良い、やみ雲に自分だけが儲かれば良い、そんな発 想がまかり通る時代に、「五省」は大きな警鐘を鳴らしている。

 「自ら信ずる正義の為に、不利はおろか、時には死をも辞せぬことが、人間の貴い道徳であり、 人格の権威である」と言い切った陽明学者 安岡正篤の言葉が、今再び、輝いて見える。 『芯』のある生き方を目指すための「五省」であり、軍国主義へのプロローグでは決してない。