税金の使い方とこれからの日本

 二年前の冬、私の父は「十二指腸穿孔」という病気で倒れた。そのときには、すでに病は最悪で、一刻を争う事態の中で救急車到着が急がれた。私の父は、よほどのことがなければ病院にもいかず、風邪をひいても寝て治すというくらいの人だ。そんな父が、救急車を呼んだ。

 最近、ポスターやニュースでも「救急車をタクシー代わりに使う人が増えている」ということをよく耳にする。日本国民のうち、どれくらいの人が救急車の一回の出動費を知っているだろうか。日本は、救急車は全額税金で賄われており、利用する度に支払っている訳ではないので、正確な金額を知っている人は少ないように思う。だからこそ、救急車が軽率に扱われてしまうのだと思う。日本では、救急車一回の出動に約四〇〇〇〇円かかる。全国で出動を概算すると、年間二五〇億円にも達するそうだ。とりわけ命にかかわる重大な病でもないのに、簡単に利用してしまうことは、税金を無駄に使っていると私は思う。父は、自分が救急車を呼んだことはとても恥ずかしいと言う。それは、父が自分よりももっと大きな病気を抱えた人や、生死を問われる状況にある人が一つの命を救うための手段として使うもので、気軽に呼べるものではないと分かっていたからだ。このような考えを持った人が増えれば、税金が私たちの社会に正しく使われていくと思う。

 さて、平成二十六年四月から消費税は五%から八%に引き上げられた。税金について何も知識がなかった頃の私は、物価が上昇してしまうことは受け入れられなかった。買い物に出掛けると、負担が前よりも大きくなっていることが目に見えて分かった。消費税増税の理由は、少子高齢化が進んでも、世代を問わず国民全体で広く負担し、安心して暮らせる社会を実現するためだ。増税は悪くとらえられがちだが、裏面では増収分が日本国民のこれからの生活を支えていくことになる。もし、増税がなかったら日本の財政は破綻し、私が六十五歳を過ぎないうちに年金制度がなくなり、働いて稼いでいかなければならない生活になるかもしれない。そうなってしまったら、もはや安心できる社会ではない。やはり、この先の社会保障財源のためにも、増税は必要なのではないだろうか。

 私は、税を納める一人の人間として、みんなが納めた税金を無駄に使ったり、税金で作られた公共物を大切に扱わなかったりすることを絶対にやめてほしいと願う。同時に、私たちの周りの物が、税金によって無償で支給されていることの意味をよく理解しなければならない。もし、この世の中に税金がなかったら、きっと町は住める状態ではないだろう。私たちは、税金に支えられ、税金に頼り、税金に守られている。

 税金は、賢いみんなのヒーローだと思う。