「平和」と「税金」

 「多分、それは税金から出してると思うわよ。うちもちゃんと納めてるよ。」

と、母が言った。

僕は驚いた。八月八日、家族で昼食を食べている時だ。僕は、宇都宮市の平和親善大使派遣事業で、八月五日から七日まで、広島の平和記念式典に参加してきた。この事業では、市内の二十五校の中学校から二年生の代表が一人ずつ、計二十五名が広島に派遣される。仕事の内容は、主に式典参加、戦争と平和についての学習、展示用のパネル作成、中学校文化祭での派遣事業についてのスピーチなどがある。この事業の参加者に宿泊費や交通費がかかっていないことは疑問に思っていたが、全ての費用が税金で賄われていたのだと、初めて知った。

 僕は税金に対してあまり良いイメージを持っていなかった。どうしても「納めるお金」ではなく「取られるお金」と考えてしまうからだ。

 そう考えてしまうのには理由がある。僕が生まれた時から既に綺麗な公園や整備された道路、治安の良い街が当たり前のようにあったからだ。後にそういったもの全てが税金で成り立っていることは知ったが、知識として学んだだけで、何となく実感はなかった。しかし、平和親善大使として六月から八月までに活動した事前学習会及び講習会、壮行会、指導して下さった先生や市役所の方々、僕が進んで関わった事柄は税金によって支えられていたことを知り、冒頭の驚きと共に、無知だった自分が恥ずかしくなった。平和親善大使として活動していたのは、自分が今まで本や教科書から読み得た知識を現地で再確認し、更なる視野を広げることが重要で、学校での発表はどちらかといえば二番手だったからだ。

 学生で稼ぎのない未成年が、皆の納めている税金の一部を使い平和親善大使として広島に行った。代表として行ったのだから、あの日、きのこ雲の下で何が起こっていたのか、今尚、悲しみ苦しむ人がいること、核兵器の脅威、平和の大切さ。僕が見聞きし学んできたこと全てを伝えようと思う。いや、伝える義務と責任が僕にはある、と今なら分かる。

 身近にある税金を少し調べてみた。消費税、ガソリン税、酒税、関税、住民税、自動車税と他にも数多くある。国税と地方税とで複雑ではあるが、どれも重要な財源であり徴収する理由は明確で納得のいくものだ。

 ここで一つ僕に不思議な思いがわき上がった。「平和」と「税金」は酷く似ている気がする。

 当たり前になってしまっている平和で恵まれた日常。気づかない人も多いかもしれないが、それは皆が協力しているから成立しているのだ。維持していく難しさもあるが、僕達は、毎日を何事も問題なく、安全で快適に生きていられる事のありがたさ、大切さを決して忘れてはならないと僕は思う。