税金は国を支える

 銀行前で怒りの声を発するギリシャの国民。引き出す預金は限られ、お金を自由に使えず生活に困っている。この報道された現実に驚く。この国の将来はどうなってしまうのだろう。近くでニュースを聞いていた母が「国の借金が増えてお金が返せないからだね。」その言葉に応じた父が「政府の緊縮策に国民は不満を感じて、課税しても税金を納めない国民がいる様だ。」会話を耳にしてもほとんど分からなかったが、とにかくこの国の治安や政治が安定していない事ぐらいは見当がついた。

 この夏、山好きの母に誘われての北アルプス縦走。一年前は、世界遺産の富士山に登った。どんな山であっても自分にとって楽しい思いで・辛い経験をくれた。そんな登山の途中に考えていた事がある。それは、「この険しい山道を安全に歩くことができるのは管理してくれる人がいるからだ。けれど、そんな事をしてくれているのは誰なんだろうな?」と山小屋に着いて母に尋ねてみるとすぐに答えが返ってきた。「富士山では保安協力金を任意で払って登山することになったんだよ。」や、「登山者が多い私たちの長野県は、遭難防止・救助・登山道や、山小屋のトイレ等の環境保全により力を入れるため、入山税を検討しており、今後もより多くの人に高原や登山を楽しんでもらおうと計画しているよ。」と説明してくれた。つまり、山の管理の一部に自分が関わっているといっても過言ではないのだ。それにはとても驚いた。教科書も同じだと思った。裏に小さく「これからの皆さんに期待をこめ、税金によって支給されています。」とある。これを見て自分は、税金とは、「世の中への投資。」だと感じた。自分も大きくなったら税として投資し、住み易い暮らしをするのだ。そうして、日本はバランスを保っているのである。

 東日本大震災から既に四年という月日が流れた。被災地の復興・復旧には、莫大な費用と労力がかかっているが、「がんばれ日本!」の文字は薄れていない。父の話だと、法律により復興特別所得税が2037年まで続くという。つまり、中学一年生の自分はその税を納める事になるのだ。それは日本という一つのまとまりがするべき義務なので、納めたいと思っている。ところが、今のギリシャのような状況が起こると、とてもそんな余裕なんてない。それに、今の暮らしだって崩れ去ってしまうだろう。それを防ぐには、まず税を納める事だろう。そして公平に使うことができれば、国は安定する。だが、問題は公平というのは難しい。人によって基準が違うし、中には悪用する人もいるだろう。解決するかどうか分からない。けれど、少しでも考えてみる事が大切であると思っている。

 自分が生活している下には税という存在がある。税があっての生活だという事は忘れてはならい。